これ、ゴリラじゃね?!

これ、ゴリラじゃね?!

ライムと塩も置かれてテキーラの準備が整った。さあみんなで乾杯かと思っていると、Aがジャンケンをしようと言う。なるほど、タイにもジャンケンがあるのかと快く承諾。乾杯して一瞬で終わるよりも場が盛り上がるかもしれない。

ジャンケンで負けた人が飲む。そういうことならTが負けまくって酔っぱらってくれるのがベストだ。そう思いながらジャンケンをする。

テーブルに7杯並んだ時はなかなかの数だと思ったが、あっという間にテキーラは無くなった。Tが一人負けすることはなかったが盛り上がってきたぞ。

「いやだいぶ楽しくなってきた!もう一回テキーラいいかな?」

弟に確認を取る。

「いいけど、どうする感じ?今日このコで決まり?」

「多分決まり。全然喋んないけどテキーラで変える笑」

「オッケー。ちなみに、このコはペイバーできるのかな?オレ、このコがいいんだけど笑」

「え、このコってどのコ?」

「このコ」

ずっと我々のテーブルを担当しているスタッフのコの事を言っているようだ。

「えー!このコは完全にスタッフでしょ?ダメじゃね?」

「ダメなの?ハッピーのコは大丈夫だったのに?」

「Lとはちょっと違くない?このコちゃんと仕事してるし。」

「そうなの?オレこのスタッフがいいな笑」

「聞いてみりゃいいじゃん。てかモッサい顔してるし処女だそ、だぶん笑」

「処女じゃねーし。」

「じゃあ聞いてみなよ」

「処女とか恥ずかしくて聞けねーよ笑」

「いや、そっちじゃねーよ」

「え、どっち?」

「ペイバーだろ!笑」

「あー笑」

「ママに聞いてみたら?」

「聞いてみようかなぁ」

そう言ってママに確認しているが、隣りにいるスタッフにも丸聞こえである。話を理解したママとスタッフが同時に答える。

「ダーイ!ダーイ!笑」

「ノー!」

ママは勝手にペイバー出来る!と言っているが、彼女はノーと言っている。どちらがホントなのだろう。弟が彼女に言う。

「何でノー⁈ママさんはOKって言ってるよ笑」

「ノー!笑」

彼女はノーと言う。だが脈が全く無い訳ではなさそうに見えた。弟の目にもそう見えたようで、

「どっちと思う?ママがいいって言ってるんだがら出来るんだよね?笑」

「うん、なんか出来るっぽいね笑 このコ次第なんじゃない?」

「よし、テキーラ頼むべ!笑」

「オッケー!」

こうしてテキーラを再度人数分オーダーする。

テキーラが運ばれてくるとまたジャンケンが始まった。勝った人が飲んだり負けた人が飲んだり、テキーラが無くなる頃には完全に沈黙地獄から抜け出していた。Tはというと、そこそこに負けて飲んでるはずだが、相変わらず私に話掛けてくるようなことはない。シャイなくせに酒の強いやつだ。私はだいぶ酔ってきたようで、Tがシャイであろうとなかろうと今日は連れて帰ってそのダイナマイトボディを爆破してやるんだと意気込んでいた。一方で弟の様子を聞いてみると、どうやら連れて帰れそうだと言う。

「一緒に帰るって言ってくれたんだけど、仕事があるからすぐには帰れないんだって笑」

「どうゆうこと??」

「お店終わるまで帰れないんじゃない?笑」

「何時に終わんの?」

「2時だって」

「あと2時間もあるじゃん笑」

「ね、どうする?」

「いいよ、飲んで待ってようよ」

「テキーラで?笑」

我々はテキーラを追加した。ジャンケンでテキーラが無くなればまた追加、を繰り返す。後半になると1杯のテキーラが命取りとなってくる。あと1杯飲んだら潰れるかもしれん。皆も同じようでジャンケンで本気の奇声があがる。我々のテーブルが盛り上がってくると、関係のないスタッフやら女の子が私も混ぜろと寄ってきた。今更1杯目からスタートする奴はいらん!と排除をする。途中から、もう私は要らないと言って静観していたママが、我々の気持ちを察して、寄ってくる女の子に何かを言って追い払ってくれていた。こういう気の利いたママがいるからここは繁盛しているのかも知れない。

それから1時間程飲んでいると、スタッフの彼女がもう帰れると言う。バーのクローズまではまだ1時間あるはずだが、我々の思い違いだったのか、ママか誰かが気を利かしたのか、理由は分からないが、それならば早速ということで改めてTにペイバーを持ちかける。

「T、一緒にホテルに帰れる?」

「OK」

明日の早朝にはタクシーが迎えに来る。この時間からロングでペイバーしても、そう長い時間一緒に居られない。そう考えてショートタイムの希望を伝える。

「ショートタイムはいくら?」

そう尋ねると、彼女はママにチップの確認をしだした。

…このコは自分のチップの値段を知らないのだろうか?…

どういう話をママにしたのかは分からないが、ママが代わりに2,000Bだと答えたので快く承諾。

一方で弟の相手のスタッフもまたチップの値段が分からず、Tに何やら確認している。Tもはっきり答えられないようで、二人とも同じだとママに言われて弟も承諾。それぞれにペイバー代を払い、思わぬ出費となった飲み代を払う。AとJにまた来る約束をしてチップを渡す。

二人が着替え終わるのを待ってバーを出た。

Tはやはり酒が強いのだろう、あまり酔った様子もない。女の子によっては外に出ると腕を組んだり手を繋いだりするコもいるが、Tにはそんな仕草も見られない。少し残念に思いながらホテルまで歩く。

「お腹空いた?」

「少し」

「ご飯を食べに行く?」

「Up to you 」

Tがそう言うので、帰り途中にあったレストランに入って食事をする。こちらが黙っているとすぐに沈黙になりそうで、食べながらも話題を探す。今回行ってきた動物園の写真を見せたりしながら話掛けるが、Tよりスタッフの彼女の方が反応がいい。これだけ一緒にいてTはまだシャイだというのだろうか。ホテルで二人きりになるのが不安だ。

簡単な食事を済ませてホテルに向かった。ホテルに到着した我々はそのまま二組に分かれ、それぞれの部屋に帰った。

部屋に入ると予想通りの沈黙で気まずい空気になる。そんな空気から逃げたくて私は少しオーバーに酔ったふりをしてベッドになだれ込んだ。実際テキーラが効いて酔っていたし、ベッドに横になった途端、眠気も襲ってきた。

「マオ マイ?」

彼女が私に聞いた。もしかしたら、今日初めて私に話掛けたかもしれない。

「すごく酔った」

私がそう答えると、彼女は寝ている私の横に腰を掛け、優しく手を握った。私を急かす事もなくそのままじっといる。彼女の手を握り返ししばらくそのままでいた。バーにいる時からこれまで、彼女は私に寄り添うことがなかった。だからとても嬉しく幸せな気分になった。

…ああ、このまま寝てしまいたい…

一瞬そう思ったが、このダイナマイトボディを前にしてこのまま寝てしまっては悔いが残ると思い、シャワーを浴びに行く。

先にシャワーを浴びてベッドでうとうとしていると、Tが静かにベッドに入ってきた。私は酔いと眠気と戦いながらTを抱き寄せた。

ダイナマイトに火を点けることが出来なかった。ソンが起きないことは無かったが最後に至らず、体力の限界。Tのボディを堪能する体力もないまま力尽きてしまった。

「T、ごめん。酔ってフィニッシュしない」

「OK」

「ありがとう」

Tはすぐに起きる事なく、しばらく私に寄り添って寝ていてくれた。そのうち、むくっと起きあがり自分のスマホを持って戻ってきた。すぐに帰る気は無さそうで、私のお腹を枕代わりにしてFacebookを見始める。何気なく一緒に見ていると1枚の写真が目に付いた。彼女もスクロールを留めていいねをしている。その一枚は、友達らしき女の子と一緒に写っているTだった。とても楽しそうな顔で笑っていた。その写真を見て気づく。今日私は彼女の笑顔を見ていない。ずっと隣りに座っていたから見逃しているだけかも知れないが、彼女の笑顔が想像できない。彼女はどんな気持ちで今私といるのだろう。彼女にとって辛く苦行のような時間でなければいいが。ふとそんな思いに駆られて寂しい気持ちになる。

いつの間にか眠っていたようで、Tに起こされて目が覚めた。彼女はすでにシャワーを浴びて着替え終わっていた。

「帰る?」

「Ka」

私は約束のチップと、タクシー代として200Bを彼女に渡した。

「T、待って。ライン」

「OK」

ラインを交換して彼女を下まで見送る。

ホテルを出ると彼女がモタサイを見つけたようだったのでサヨナラを言う。

「またね、ラインを送ってね」

「OK Ka」

私に軽く手を振って帰っていった。

この旅の全てが終了した。そういう瞬間だった。

部屋に戻って1時間ほど寝て目覚ましに起こされる。帰り仕度をしてホテルをチェックアウト。迎えに来ていたタクシーに乗り込みドンムアン空港に向けて出発した。Bad guys の天国は終わり、あとは現実に引き戻されるだけだった。つい1時間ほど前まで一緒だったTとの出来事も昨日の事のように感じる。前回の時もそうだったが、子供でもあるまいし休暇が終わる度にこんなにも切なく寂しい思いをするものだろうか、こんな気持ちになっているのは自分だけなのかも知れないと不安になる程だ。弟はどんな気持ちなのだろうと思い、隣りの様子を見ると、早くも爆睡していた。やはり私だけ異常なのかも知れない。

無事空港についてチェックインを済ませ、搭乗までの時間を潰す。朝メシを食べてコーヒーを飲んだりタバコを吸ったり。ふと誰からかラインが届く。もしかしてTかも知れないと喜び勇んで開くと期待ハズレの弟からだった。目の前にいるのになんだよと思いながらラインを開くと、

『これゴリラじゃね?』

と一文。続いて1枚の写真が送られてきた。昨夜レストランで撮った私とTの写真だった。はずだが。。

…え?これT?ゴリラじゃね?…

つい釣られて私も思ってしまうほどのゴリラ的彼女が写っていた。

Tが実はゴリラだったというオチではない。写真のタイミングや照明、いろんな条件が悪く重なってゴリラのように写ってしまっただけである。

彼女とは他に写真を撮ってない。せっかくの彼女との思い出を悪意ある写真で汚しやがって。そう思いながらもう一度写真を見る。

私はそれを見て少し安心した。

そこには笑顔のTが写っていた。写りは最悪だけど少し楽しそうに笑っている。

(終わり)